赤ちょうちんでひとりごと

音楽を愛して止まないAKKOのお気楽なひとりごと。自分の好きなことや感じたことを徒然なるままに綴ってます。

昭和初期の都市計画

現在、貿易実務準A級の授業を受けるために、早稲田大学八丁堀校に週1で通っているのですが、この校舎が、実に、趣きと懐かしい雰囲気があるのです。大学なのになぜか二宮金次郎さん(写真)がいたりします。

不思議に思って調べてみたところ、この早稲田大学八丁堀校、「旧中央区京華小学校」を改装した建物だったからでした。

f:id:akikomusic:20180918175832j:plain

大正12年関東大震災で、東京の小学校のほとんどが焼失。この震災後、当時の東京市は「災害時の学校建築の重要性」を認識し、被災したすべての小学校を、当時はまだ珍しい鉄筋コンクリート造で復興する「復興小学校」の建築を決定したのだそうです。

「復興小学校」の特徴としては、
・耐震・不燃のため鉄筋コンクリート造三階建て
・地域とのつながりを持たせるよう公園を隣接
・災害の際の救助・救援活動の拠点となること
などが挙げられ、今の早稲田大学八丁堀校の前身である「京華小学校」も、この震災復興事業としての都市計画に基づいて、昭和4年に再建築されたものです。

「京華小学校」自体は少子化の波を受けて、平成5年に閉校となりましたが、建物は、内装をリニューアルして「京華スクエア(早稲田大学八丁堀校含む・写真下)」として現役で活躍中です。躯体は外壁を塗り替えるぐらいで、ほとんど手をつける必要がなかったほど頑丈に造られていたとか。

「復興小学校」のほとんどは、1924年(大正13)から1928年(昭和3)の間に着工されているというので、当時でもずいぶんとしっかりした都市計画があったものだと感心します。大量の焼夷弾が振ってきた東京大空襲の戦火にも耐え抜いた建造物ということですものね。

ちなみに、銀座のど真ん中にある「泰明小学校」も「復興小学校」で、こちらは現役の小学校として、今でも活躍中。(「泰明小学校」は1999年に東京都選定歴史的建造物に認定されています)

f:id:akikomusic:20180918175856j:plain

それにしても、大人になってからの学習って面白いし楽しいです。TOEICの学習も、貿易関係検定の学習も、韓国語の学習も、私にエネルギーをくれますし、そして、こんな学習の場で知り合う方々は、みんなpositiveでプラス志向。"前後裁断"、私も過ぎ去ったことに立ち止まってないで、今を懸命に活きなくちゃ。