読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

赤ちょうちんでひとりごと

音楽を愛して止まないAKKO(晶)のお気楽なひとりごと。自分の好きなことや感じたことを徒然なるままに綴ってます。

"言語"という謂ふもの

Life

Forum先日、ヒロ前田先生主催の"DASH Foram 2012"に参加する機会がありました。テーマは「論理」。「論理というものは、英語を学び上達していくのに重要な要素のひとつであり、日本人が日本で日本語を使って生きていくにしても、人生において非常に役立つ武器となり得るので学んでおいて損はない」との先生のお考えからか、なんと"無料"で行われたのでした。前田先生、太っ腹すぎます!セミナーの内容は割愛しますが、日本語での文章の論理性について参加者みんなが真剣に向き合った有意義な場でした。この余韻があるうちに、そして、年末年始休暇で少し時間に余裕があるうちに、ここ二年くらいの自分のテーマとなっている「日本語と対峙する」ということについて書いてみようと思います。

私がこのブログを始めたきっかけは、英語の再学習の手段としてTOEIC受験を道標にすると決めたことにあります。「TOEIC受験をブログで宣言し、その結果をブログで発表すると、モチベーションが維持しやすいですよ」と神崎正哉先生からアドバイスをいただいたのです。ただ、高校時代から文系科目(特に国語と英語)が大の苦手だった私は、その後の進路でその二つを極力避けてきており、「ブログ書き」などという行為は私の辞書には存在しませんでしたので、開設にはかなり勇気がいったように記憶しています。

そんな私がなんだかんだとTOEIC歴と同じ3年半ちょっとの間、文字を書くことを続けています(更新頻度がかなり少ないことと、英語関連の記事があまりないことはこの際ちょっと脇に置いといてっと)。ブログを書くということが当初の目的どおり「英語学習のモチベーション維持」となっているのは間違いないのですが、私自身にとって一番の成果だったのは「日本語と真剣に向き合う機会を得た」ということなのです。この副産物はそれまで「国語」を避けてきた自分にとって「棚からぼた餅」的なご褒美です。

記事にする内容は英語関連のことであれなんであれ、それをブログに綴るのは私の場合「日本語」です。すると「ここにはもっと適切な表現があるはずなのに見つからない~」とか「この今の自分の思いを表す四文字熟語があったように思うんだけど思いつかない~」とか「漢字これで合ってる?」「て・に・を・は、なんかおかしいんじゃない?」「あれれ、文脈がどっか行っちゃった~」などなど、そんな状況がかなり頻繁に自分に訪れるのです。そういう時、そのモヤモヤっとした日本語から逃げずに自分なりの表現を見つけていくという工程になるのですが、これは今までの自分の人生の中でしたことがない行為なのでした。神崎先生からアドバイスをいただいたあの時に「ブログを書く」という重い腰をあげていなかったら、「日本語と真摯に向き合う」という機会に一生巡り合わなかったかもしれません。

「外国語」を学ぶというきっかけで母国語の「日本語」を知る。私は今まで逃げてきたツケがあるので日本語の文章はまだまだ稚拙ですが、この気付きを得られたことは大きな発見です。これからもずっと素敵な日本語を使える日本人を目指そうと思います~。

追記)
私がお気に入りのTOEIC本の著書やブログの筆者に共通するのは「この本(人)、日本語をものすごく大切にしているなあ」と文章から感じ取れるものが多いです。そういう文章にとても心惹かれますし、読んでいて素直に面白いです!

追記2)
あっ、書き忘れていました。この「論理的である」という武器は"諸刃の剣"である、ということを前田先生はセミナーの中でかなり強調されてました。なので、コミュニケーション力としての論理の使い方は要注意ですって。皆さん、肝に銘じておきましょう(笑)。